真面目全力もったいない新しい回路ダンス
フリーランス編集者。ちいさなチームやプロジェクトにおける、情報発信のパートナーとして活動中。メッセージや想いを整理・言語化し、チームの資産や魅力を引き出しながら、課題に合わせた企画設計やコンテンツの制作を行う。英治出版(出版プロデューサー)、ロフトワーク(パブリックリレーション)を経て現職。ビールとタップダンスと犬が好き。
真面目全力もったいない新しい回路ダンス
「三茶に住んだことはないのですが、何かと来る機会があって、三茶という街の個性を感じ始めたのは20年前ですね」
三茶WORKのメンバーでは最も長い三茶歴を明かしてくれた原口さとみさん。
「姉が世田谷線沿いの学校に通っていたので親に同行して、よく世田谷線の入り口付近にある〈かしわや〉で今川焼きを買ってもらっていました。あの今川焼きは思い出の味。学生時代も出版社でアルバイトをしていたときの私の担当エリアが田園都市線だったので、TSUTAYAや文教堂書店(現在は閉店)へはよく営業に来ていました。社会人になった今も、祖母が三茶エリアに住んでいるのでたまに会いに行っています」
気付けば長い縁となった三茶が、原口さんと三茶WORKを繋いでくれたのかもしれません。
「神戸での仕事で、初めて吉田さん(三茶WORK共同代表)とお会いしたんです。そのときに『僕も東京なんですよ』という話になって、コワーキングスペースをやっているからとパンフレットをいただきました。ちょうど探していたところに、昔から何かとゆかりのある三茶だし、値段も雰囲気も気に入ったので利用を決めました」
お仕事は出版プロデューサーを経てクリエイティブカンパニーのPR、現在はフリーランスの編集者として活動しています。
「PRと言ってもメディアリレーションといった掲載を取ること以上に、私の場合はその企業やプロジェクトにとって一番良い発信の仕方を考える情報整理や、編集して言語化することを大切にしたいと考えています。特に小さなプロジェクトや新規事業では、みなさんとにかくやることが多くて忙しく、せっかくの素晴らしい内容を可視化するのが難しいことが多くて。ただ、未知なる価値に言葉を与えて納得いくかたちで発信するというのは、多くの人と同様に私にとっても簡単なことではないから、毎回魂をこめて頑張っているところです」
「フリーになった今、地に足をつけて自分の言葉で発信できることに心地良さを感じる」と原口さん。そんな彼女の根幹となっているのはどうやらダンスのよう。
「12歳から、部活でコンテンポラリーダンスをやっていました。顧問の先生が熱心で、ただ拍で合わせて踊るのではなく、身体の底から湧き上がる感情をどう表現するかを丁寧に教えてくださる方でした。そうやって自分の動きと気持ちの変化からクリエイションを生み出すことが楽しくて興味深くて、卒業するまで打ち込みましたね」
身体をつくり、技術を磨き、あっという間に時間が過ぎた中高時代の部活動。身体と心を繋げた経験は、苦しい壁を乗り越え、今の原口さんをつくっています。
「コンテに限らないと思いますが、伝えたいことやテーマを深掘りして自分なりの解釈をもたないと、リアリティある観客に伝わる作品作りや表現ができません。中学生の時に同学年の部員の一人を事故で失う出来事があって、高校最後の大きな大会ではその経験をもとに作品をつくり、その切実さからかありがたい評価をいただきました。自分たちの内側をえぐってえぐって、泣いたり喧嘩したりしながら多くのことを学びました」
コンテンポラリーダンスで得た経験を社会に実装してみたいと、クリエイティブな実学を学べるSFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)へ。そして社会人となった現在は、タップダンスも楽しんでいます。
「昔から興味はあったんですが、大人になってから機会があって始めました。転職の合間には、気持ちを切り替えたいと思ってニューヨークでダンス漬けの1ヶ月を過ごしたのですが、タップだけでなくボリウッドやアフリカンダンス専門のスタジオにも行ったりして、ダンスの素晴らしさはもちろん、“マイノリティ”と多様性を色々な形で感じたとても奥行きのある時間でした。今もタップダンスはスタジオに通い、コンテンポラリーダンスも海外ゲストなどのワークショップが開かれるときには、勇気を出してなまった身体で参加しています(笑)」
そのときニューヨークで感じた街の雰囲気は、どうやら今の生活にも通じているよう。
「ニューヨークというか、主にブルックリンの下町感が、三茶と似ている部分もあると思うんです。おしゃれする人はおしゃれをして、部屋着の人はそのままで、みたいなあの感じ(笑)。干渉しすぎず、それでも興味はお互いに持っているのが心地良い。それが三茶の好きなところでもあります」
さまざまな経験をして、さまざまな人に出会い、豊かな感性を磨いてきた原口さん。それを生かしながら、生業としている編集を軸に実現したいこととは。
「私は身体性を伴う活動に興味があって、最近一層その関心度が高まっています。それは多分、個人事業主になり仕事に対する責任の重みが増し、今まで以上に自分が納得して物事に向き合うことが大事になっていたり、言葉を紡ぐ仕事上、“腑に落ちる” プロセスを経ないと責任をもってアウトプットを提示できないと思っているからかもしれません。そして私の場合は、自分の知覚でフィジカルにインプットすることがとても大切で。我ながら面倒な人間だと思うんですけど(笑)、そうやってきちんと納得して共感しないと、愛情をこめて言葉を紡いだりプロジェクトの魅力を発信するのが苦しくなっちゃうんですよね……。編集するにも納得感と責任をもってコミットすること。今後はできる限り関わるプロジェクトにはそう接していきたいと思っています。それこそ、三茶WORKの3Fにある「eatreat.CHAYA」のeatreat.の編集サポートは、その理想形です。
もう一つ、ダンサーや役者といったパフォーミングアーツのプレイヤーの人と話したり制作のサポートをすると感じるんですが、彼らの技術や視点はビジネスシーンでも機能すると思っていて。役を演じる、つまりいろんな人の目線に立つというのは、ものを多面的に見るときにとても有効だと思うんです。意識的に多面性を自分のなかにもつ良いフレーム。だから、そういうビジネスシーン向けの演劇やボディワークのワークショップを企画してみたい。役者が生活のために本業以外で働かざるをえない場合、その負担を減らせるかもしれないし、ワークショップに参加する側は、いつもやらないような動きや振る舞いをすることで、思いもよらない表現力が身について企画力が上がったりコミュニケーションも円滑になるかもしれない。そういう自分の新しい回路がひらけることで、たとえば仕事や日常のストレスで心が苦しくなる人も減って、良い循環が生まれると思うんです。そういうのって、“上手なメールの書き方”よりもある意味大切なことだと思う」
インタビュー:2020年7月時点
Photography:Tomohiro Mazawa
Interview/Text:Yukari Yamada