愛着を抱き、暮らす人とともに理想のまちを作る―三茶TALK#4「理想のまちの見つけ方」開催レポート
「自分が暮らすまちが、みんなにとって居心地の良い理想のまちになるように」
三茶WORKは、三軒茶屋に住む人たちが「理想のまち」作りのために集い、2019年8月にスタートしたコワーキングスペースです。
そんな三茶WORKのトーク企画「三茶TALK」の第四弾「三茶TALK」の第四弾は「理想のまちの見つけ方」をテーマに開催されました。ゲストに迎えたのは、神奈川県の真鶴半島で泊まれる出版社「真鶴出版」を営む川口瞬さんと来住友美さんのお二人。
真鶴は、この小さな半島を挟む熱海や湯河原などの大観光地とは違って広告の看板も、大きな温泉ホテルもなく、昔懐かしい原風景が残る小さな港町。川口さんと来住さんは2015年にこのまちに移住されました。
(写真:松本茂氏提供)
そして、三茶WORK共同代表の吉田亮介と、同じくコミュニティマネジャーをつとめながらeatreat.という伝承医療のブランドを営む小林静香の二人がモデレーターを担当。
吉田と小林、そして三茶WORKの建築設計を担当する柴山の3人で、昨年冬に真鶴を訪問した時から真鶴出版のお2人との縁が生まれ、その旅行の際に感じた互いのまちの作り方の共通点について、より多くの人と深くシェアをしようと今回のトークイベントが企画されました。
コロナ禍の影響で、働き方に変化があり、オフィスに出勤しなくても仕事ができるようになった方が増えた今、自分が暮らすまちを見直す機会も増えているのではないでしょうか。いまの場所ではないどこかへ移住を検討する方もいれば、暮らすまちの良さを再発見する方もいると思います。
そこで、移住を選択した真鶴出版のお二人と、今暮らすまちをより良くしようと取り組む三茶WORKで「理想のまち」について思いを交換しました。
真鶴の「普段の生活風景」を届けたい
吉田亮介(以下、吉田) 三茶WORKは三茶に住む人たちが集って、働く場所だけでなく、一緒にビールを作ったり、イベントをしたり、家族ぐるみでの付き合いを育んだりと、このまちの暮らしが豊かになるようにと作ったコワーキングです。
僕らは「住んでいるまちをより理想的なものに」という視点でこの場を育んでいますが、これからの暮らしを考える時に「移住」を検討する方も増えていることと思います。
今回は実際に首都圏から小さな港町に移住されたお2人に、真鶴というまちの魅力や、なぜそこを選ばれたのか。そしてこれからどんな風に暮らしを育んでいきたいのか。その3点についてお話ししていきます。
それではまず、お2人にマイクを渡して真鶴についてご紹介いただこうと思います。
来住友美(以下、来住)真鶴は熱海や小田原、箱根と言ったように皆さんが一度は訪れたことのある有名な観光地に囲まれた半島なんですがよく「通り過ぎたことはある」と言われがちな場所で。
どんな場所かイメージがつかない方も多いと思うので、まずはまちについてご説明します。
真鶴半島は数十万年前の火山の噴火でできた半島で、上空から見ると鶴が翼を広げたような形をしていることが「真鶴」という地名の由来になったのではと言われています。
採石場があり、本小松石という墓石の中では最高級の石が採れて、徳川家や天皇家でも使われたことから石屋さんが最盛期には100軒以上あったそうですが、今では20軒ほどになっています。
また、半島の先端には三ツ石という景勝地があったり「御林」と呼ばれる広大な森があります。350年前の江戸の大火があった時、この場所に木を植えるように幕府から命令が下り、松の木を人の手で植林したことから始まりましたが、楠なども生えて、今では原生林と言ってもよいほど豊かな植生の森となっています。
地魚もたくさん揚がり、直売所では美味しい魚が買えたり、干物も美味しい。
それから、毎年7月末に行われる「貴船祭」が有名です。去年はコロナの影響で、戦後初の開催中止となってしまったんですが、お正月よりも地元に帰ってくる人が多いくらい、真鶴のまちの人のアイデンティティとなっています。
このような感じで、スタンダードな真鶴観光といえば「美味しい魚を食べて、景色を眺めて帰る港町」となりがちなんですが、私たち「真鶴出版」では「真鶴の生活風景」を届けることを大切にしています。
お野菜を干していたり、手作りののりを作る風景、今でも使われている井戸などが見て欲しいスポット。
そして地形的に坂が多く、石材業があったことで石積みの技術があったので、狭い道に連なるように建物が建てられていて、その家と家を縫うようにして通る「背戸道」が特徴的です。
こんなふうに、水路の上を人1人歩けるくらいの狭い幅で通る道や「実のなる木」から落ちた果物が並ぶ坂道があります。
真鶴の生活風景は『美の基準』で意識的に守られてきた風景
(来住)こうした真鶴の風景はたまたま残ったものではなく、27年前に真鶴町が制定した町独自の条例『美の基準』をもとに「守られてきた」風景です。『美の基準』では、真鶴の美しいところを69のキーワードにまとめて写真とイラストと文章で記載しています。
例えば「小さな人だまり」だったら「人が立ち話を何時間でもできるような、交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。背後が囲まれていたり、真ん中に何か寄り付くものがある様につくること」といった感じです。
真鶴では、新しい建物を建てるときにこの69のキーワードの中から6つ以上加味した上で建てるよう決まっています。そのおかげで、昔ながらの真鶴の良さが守られてきました。
『美の基準』は真鶴町が作った条例という安心感があることもあって、自然と元々の真鶴の良さを守ることができています。その魅力に惹かれて私たちのような移住者が集まり、過去・現在・未来へと繋いでいけるんだなと考えています。
川口瞬(以下、川口)移住者にもまちの良いところを共通認識として持ちやすいから、引き継いでいくことができているんですよね。
(来住)まちも小さくコンパクトなので、まちの人の顔がすごくよく見えます。真鶴の人は半島に住んでいる人だな、そうじゃないなというのが大体わかるほどです。
100年くらい続く酒屋さん「草柳商店」では、角打ちもやっていて、店内で買ったお酒をその場で飲めるんですが、地元の人も移住者も、観光客も夜な夜なやってくる「人が集う場」になっています。これこそ「小さな人だまり」ですね。
(吉田)僕らも昨年冬に行った時お邪魔して、夜更けまで地元の方と交流しながらお酒を楽しみましたね。
真鶴に移住した理由は「縁」「東京からの近さ」「美の基準の存在」
(来住)私はもともと横浜出身、川口は山口県が出身で、それこそ真鶴には縁もゆかりもなかったのですが、2015年に移住してきました。その理由は「縁を感じたこと」「東京から近いこと」そして今紹介した『美の基準』の存在です。
それからもともと出版の仕事がしたいなと思っていたので、営業もしやすいようにとある程度東京からの距離が近いことも決め手になりました。
『美の基準』の存在は「これがあるまちならきっと大丈夫だな」と思えたというか、バブルの終わりの頃にこうした条例を定めることができたまちの人たちの民度の高さが素晴らしいなと思わせてくれました。
泊まれる出版社「真鶴出版」で真鶴の良さを内と外の両方に届ける
(川口)「真鶴出版」では宿泊業と出版業の2つを営んでいます。出版業では、自分たちの出版物と、委託してもらったものと2種類手がけています。真鶴町から委託されてまちのパンフレットを作ったり。
この「やさしいひもの」は自費出版物ですが、真鶴の名産の干物を紹介しつつ、この本に「干物引換券」というのをつけて、都内の本屋さんに置いてもらいました。三茶の近くだと、下北の「B&B」さんなんかで販売しているので、都内で本を買った人が干物引換券を持って真鶴を訪れてくれるようになりました。
それから『小さな泊まれる出版社』は2号店と呼ばれる真鶴出版の宿、出版事務所、ショップを兼ねた施設をリノベーションした過程を紹介しています。
最近では「真鶴文庫」というシリーズを作って、いろんな町民の方の本を作り始めています。
(来住)一方で、宿泊業。2017年から約1年半かけてリノベーションした宿は、横浜にある設計事務所「トミトアーキテクチャ」のお2人とともに作りました。施工は地元の職人チームのみなさんです。
真鶴出版の宿は「周辺に馴染む建築にしたい」と考えて、背戸道に囲まれた場所を選びました。ブロック塀を壊して道に対して開くようにしたり。
そして、いろんなパーツを町中からもらいました。大きなものだと、近くにある郵便局さんから窓をもらったり。笑 昔からあったかのように建物に馴染みました。
玄関のドアには、漁師さんが使っていた錨を見つけてきて、やはり地元の鉄作家さんにお願いして取っ手にしたり。
まちで起きていることをそのまま切り取ったような宿ができたと思っています。
宿では、宿泊される方と「まち歩き」をしています。真鶴はそのよさがぱっと来ただけでは分かりにくかったりしますが、なんとなく美味しい魚を食べて、海に行って、それで帰ってしまう旅先になってしまいがちなので、背戸道やまちの人、野菜を干す風景など、先ほどお伝えしたような「真鶴の普通の暮らし」を体験してもらえるツアーを大切にしています。
地域内の連携で小さな経済圏を作り、さらに地域外で連携し合う
(川口)最近はデザイナーさん、刺繍作家さん、パン屋さん、カレー屋さん、映像作家さん、コーヒーの焙煎屋さんといった感じで、クリエイティビティの高い若い移住者が多くなりました。
ちなみに、真鶴出版を介してこれまでに移住されたのは19世帯48名。この方達からさらに派生して100名くらいは移住されていると思います。
これまでは東京が中心となって全国的に画一的なカルチャーを発信するというのが主流でしたが、今では思考の多様化もあって画一的なものが届きづらくなったと感じています。
これから僕らが真鶴でもやりたいと思っているのは、まず地域内の人たちと連携してパン屋さんとトートバッグを作ったり、干物やさんとパンフレットを作ったりしながら小さな経済圏を作ること。
さらに、地域外で、地域独自で作っている小さな経済圏が連携しあうようなことができたらいいなと考えています。お互い行き来して参考にしあったり、今日のようなイベントをしたり、取り組みを増やしていきたいです。
まちの人と物を作ると、新しい発見と愛着が生まれる
(吉田)お2人の話を聞いていると、まちの人たちと一緒に作るというのを大切にしているのが伝わってきます。ともすると、都心にいた頃のつながりで第一線のデザイナーさんに頼んでしまいそうなものだと思うんですけど、まちの中で作ろうとしているのはどういった思いからなんですか?
(川口)単純に面白いというのがあって、自然とできています。都内にいたら出会えなかったような干物屋さんとかと繋がれるし。
(来住)同じ地域に住んでいるというだけで、年齢も職業も関係なくフラットに話ができ、仕事が生まれ、そこに新しい発見と愛着が生まれます。まちの物をまちの人と一緒に作ると、当事者たちに誇らしさが生まれるし、繋がりができる。
(吉田)人をつなぐきっかけにもなるんですね。最初からこうした取り組みは実現できていたんですか?
(川口)最初の2、3年はやはり考えられなかったけど、少しずつ積み重ねてきて、最近になって真鶴の中だけで完結して物を作れるようになりました。
(吉田)きっかけは何かあったんですか?
(川口)単純に登場人物が増えたというのもあると思います。写真家とデザイナーさんと、、と作り手が揃ってきたんですね。
(小林)移住者の方はやはり、最初は真鶴出版にやってきて、そこがHUBになっているんですか?
(来住)それもありますが、草柳商店の角打ちの場で生まれるものは多いです。草柳商店の方が音楽もやっているので、その方のPVを作ろうというのが飲んでいる席で持ち上がって、ジャケットの絵を画家の方が描いたり、映像作家さんが映像を作ったり、そこから増えていきました。
(吉田)僕たちも「三茶のまちで妄想を形に」て言いながらやってますが、それぞれの仕事があるので、なかなか難しいこともあるので、三者が繋がってできることってすごくいいですよね。
(川口)まあ僕らも、空き家の改修とか、なかなか進んでないこともありますね。2年くらい止まってるかも。笑
(吉田)僕らも三茶BEERを作って、それをまちの飲み屋さんで飲めるようにしたいねと言いつつ、それができてなかったりとかもありますね。
大切にしたいポイントは確認して、軽やかな気持ちで移住する
(吉田)これから移住を考えている方のためにも聞いてみたいんですが、真鶴を選ぶ時って他のまちと比較検討はされたんですか?
(来住)私たちはローカルとの繋がりがほとんどなかったので、1ヶ月くらいいろんなまちを回る期間を作ったんです。例えば、小豆島、高松、長野の善光寺、徳島の神山町とか。コミュニティがあるところがいいなというのは考えて回っていたんですが、どこもすごく良くて、決められなかったんです。
そんな時、くらしかる真鶴というお試し移住プログラムに参加できることになって、慌てて大事にしたいポイントを整理しました。それが「空気が綺麗・食事が美味しい・人が優しい」の3点で、それはもちろんどれも当てはまると信じることができたんだけど、迷っているところもあったから「ずっとここに住もうというよりは、とりあええずここにしよう」という気持ちです始めました。
(吉田)それいいですね。移住ておーし!と気合を入れなきゃいけないイメージですが、とりあえずという軽さは移住が身近になりますね。
(小林)その後、やっぱり真鶴がいいな、真鶴出版を立ち上げて宿も出版業もやろうと至った転換点はあったんですか?
(来住)明確な転換点とかはなくて、最初に「いいな」と思った気持ちがずっと続いているんですよね。
まち全体にもつ愛着が、まちを良くするローカルの取り組みが増えている
(吉田)先ほど地域外との連携のお話が出ましたが、具体的に進んでいることはありますか?
(川口)今一番大きいのは「日本まちやど協会」ていう全国の22の宿が入っている協会があるんですが、真鶴出版もそのうちの一つに入っています。登録している宿を僕らが取材して、冊子を作るという仕事に取り組んでいて、4月に発売を目指して作っています。本当にみんな同じことを考えていることがわかって、面白いです。
(来住)以前は真鶴出版の取り組みって本当に自分たち独自のものだと思っていたところがあったんですが、まちやど協会を通じて、全国に同じようなことを考えている人がいて嬉しかったですね。
(川口)宿をやりたくてやっているというよりは、まちの機能として宿を営んでいるんです。カフェをやっている方、広告会社をしている方、不動産の方が、まちと外の人をつなぐ場所として宿を作ってるんですよね。
(小林)私たちも三茶で宿はやりたいって話は何度かしていますよね。それも宿というより、このまちの拠点となる場を作りたいっていう思いがあって、同じですね。
(来住)その時、まち全体に愛着があるって大事ですよね。そこだけが儲かったらいいというより、まち全体がよくなっていくというのをみんな大切にしているのが私たちの共通点なんでしょうね。
(吉田)真鶴出版の宿って、ハード的にもまちに開いているけれど、あのまち歩きとかを通じて、ふらっといっただけの僕らもまち全体を体験させてもらったから、本当に面白い取り組みですよね。
情報を発信していく機能が、まちの外と内をつなぐ
(来住)三茶WORKさん、本当に素敵だなと思っていて。みんな居心地良さそうにしているんですが、特に工夫されていることってありますか?
(吉田)三茶WORKでコミュニティマネジャーという役割を持っているのは3人ほどですが、運営メンバーがみんなこの場の利用者でもあるので、空間のアップデートとか、部活を作ったり、いろんな立場でこのコミュニティに携わっているんですね。みんな自分ごとでできているというのがいいんでしょうね。
(川口)三茶を選んでくる人の特徴ってありますか?
(小林)最近会員さんがいっていたのは「野良っぽい人が多いよね」て言ってて。都心のコワーキングにいるようなバリバリの人っていないんですが、みんな1人でふらっとやってきて、1人を楽しみつつ、みんなともほどよく繋がりを持っている。そういう意味で野良っぽいのかもしれないです。
(吉田)あとは、地方出身の人が多いですよね。三茶は特に東北の方が多いみたいで、三茶WORK内でも東北勢は優勢です。「三茶は何か地元を感じる」とみなさん言っています。
(小林)三茶は懐の深いまちなんですね。
(吉田)真鶴の場合は、情報を発信していくことができる機能がまちにあるってことがいいですよね。三茶WORKはまだまだそれができてないかも。
(小林)それで最近podcast作ったり、少しずつ工夫をし始めているけども。真鶴のお2人は、外向けにはもちろんのこと、まちの中の人にも同じ目線で届けようとしているのが素敵ですよね。
(川口)でも僕らの中でも、地元向けはまだまだ手探りですね。こないだやった絵の展示で初めてきてくれた地元の方がいたり。
(来住)真鶴町にも7000人以上いるので、全員に一度に届けようとするととても想像が付かなくなるので、やっぱり目の前の人に届けることを大切にしています。
ー(参加者からの質問)真鶴に住んでいる方は町内でお仕事をされている、いわゆる職住近接なんでしょうか?
(来住)実は7割は会社員で、自営業は100人くらい。なので実際は職場も暮らしも近いというのは真鶴全体でもごくわずかなんです。
(川口)僕らがコミュニケーション取れるのはその自営業の方達になるので、偏りがでます。
(来住)とはいえ、会社員の方々とは無理やり接点を持とうとはしていないというか、繋がりがやはりないので。
(小林)最近は、会社員の方々もコロナで出勤がなくなって真鶴の自宅でお仕事をされていると思うので、真鶴WORKできたら、良いきっかけになるかもしれないですね。
(吉田)真鶴で作るときは僕らを呼んでください。三茶WORKで培ったスキルは全部オープンにしますので。
(小林)三茶WORKと真鶴はこのまちをどうしていきたいかっていう想いがすごく共通点を感じるので、三茶WORKと真鶴WORKで初めて提携みたいなね、できたらいいですね。笑
構成・文=小林静香(三茶WORKコミュニティマネジャー)
【登壇者プロフィール】 ※敬称略
「真鶴出版」川口瞬/来住友美
2015年4月にに真鶴へ移住。「泊まれる出版社」をコンセプトに、真鶴に関する書籍の制作やウェブでの情報発信をしながら、その情報を見て実際に訪れた人を宿に受け入れる活動をしている。宿泊ゲストには1〜2時間一緒に町を案内する「町歩き」をつけており、普通に来ただけではわからない真鶴の魅力を紹介している。出版担当が川口で、宿泊担当が來住。